ことですから、その後にも広小路をたびたび通りましたが、そんな古道具屋のすがたを再び見かけたことはありませんでした。商売の場所をかえたか、それとも在所へでも引っ込んだかでしょうね。」
 御飯が済んでから、父と井田さんは離れへ行って、明るい所で猿の仮面の正体を見届けることになりましたので、母もわたくしも女中たちも怖いもの見たさに、あとからそっと付いて行って遠くから覗いておりますと、父も井田さんも声をそろえて、どうも不思議だ不思議だと言っています。
 どうしたのかと訊いてみると、その仮面がどこへか消えてなくなったというのです。井田さんが戸をこじ開けてころげ出してから、夜のあけるまで誰もその離れへ行った者はないのですから、こっちのどさくさまぎれに何者かが忍び込んで盗んで行ったのかとも思われますが、ほかの物はみんな無事で、ただその仮面一つだけが紛失したのは、どうもおかしいと父は首をかしげていました。しかしいくら詮議しても、評議しても、無いものはないのですから、どうも仕方がございません。ただ不思議ふしぎを繰返すばかりで、なんにも判らずじまいになってしまいました。
 けさになっても井田さんは、気分が
前へ 次へ
全256ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング