くろく寝ませんので、わたくしはなんだか頭が重いようでございましたが、座敷の窓から川を見晴らして、涼しい朝風にそよそよ吹かれていますと、次第に気分もはっきりとなって来ました。そのうちに朝のお膳の支度が出来まして、父と井田さんとは差向いで御飯をたべる。わたくしがそのお給仕をすることになりました。
 御飯のあいだにもゆうべの話が出まして、父はあの猿の仮面を手に入れた由来をくわしく井田さんに話していました。
「あなた一人でなく、現にわたくしも見たのですから、心の迷いとか、眼のせいだとかいう訳にはいきません。」と、父は箸をやすめて言いました。「それで思いあたることは、あの面を売った士族の人が、いつの頃に誰がしたのか知らないが、猿の面には白布をきせて目隠しをしてあったと言いました。そのときには別になんとも思いませんでしたが、今になって考えると、あの猿の眼には何かの不思議があるので、それで目隠しをしておいたのかも知れません。」
「はあ、そんな事がありましたか。」と、井田さんも箸をやすめて考えていました。「そういう訳では、売った人の居どころはわかりますまいね。」
「判りません。なにしろおとどしの暮れの
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