かされて、その仮面を受取って、父は吉原の家へ帰って来ましたが、あくる日になってよく見ると、ゆうべ薄暗いところで見たのとは余ほど違っていて、かなりに古いものには相違ないのですが、刀の使い方もずいぶん不器用で、さのみの上作とは思われません。これが三歩では少し買いかぶったと今さら後悔するような心持になったのですが、むこうが二歩でいいと言うのをこちらから無理に買上げたのですから、苦情の言いようもありません。「こんなものは仕方がない。まあ、困っている士族さんに恵んであげたと思えばいいのだ。」
 こう諦めて、父はその仮面を戸棚の奥へ押込んでおいたままで、自分でももう忘れてしまったくらいでしたが、今度いよいよ吉原の店をしまうという段になって、いろいろの書画骨董類を整理するときに、ふと見つけ出したのが彼《か》の仮面で、もちろんほかの品々と一緒に売払ってしまうはずでしたが、いざという時になると、父はなんだか惜しくてならぬような気になったそうです。
 そこで、これはまあこのままに残しておこうと言って、前に申した通り、五、六点の骨董のうちに加えて持ち出すことになったのでした。なぜそれが急に惜しくなったのか、
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