だというのを、父は無理にすすめて三歩に買うことにしました。なんだかお話が逆《さか》さまのようですが、この時分にはこんなことが往々あったそうでございます。
 いよいよ売買の掛合いが済んでから、父は相手に訊《き》きました。
「このお面は古くからお持ち伝えになっているのでございますか。」
「さあ、いつの頃に手に入れたものか判りません。実はこんなものが手前方に伝わっていることも存じませんでしたが、御覧の通りに零落《れいらく》して、それからそれへと家財を売払いますときに、古長持の底から見つけ出したのです。」
「箱にでもはいっておりましたか。」
「箱はありません。ただ欝金《うこん》のきれに包んでありました。少し不思議に思われたのは、猿の両眼を白い布《きれ》で掩って、その布の両端をうしろで結んで、ちょうど眼隠しをしたような形になっていることです。いつの頃に誰がそんなことをしておいたのか、別になんにも言い伝えがないので、ちっとも判りません。一体それが二歩三歩の値のあるものかどうだか、それすらも手前には判らないのです。」
 売る人はあくまでも正直で、なにもかも打ち明けて話しました。
 それだけのことを聞
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