を持出して来たのであろうと、父はすぐに推量して、気の毒に思いながらその店をのぞいて見ると、目ぼしい品はもう大抵売尽してしまったとみえて、店には碌な物も列《なら》んでいませんでしたが、そのなかにただ一つ古びた仮面がある。それが眼について父は立止りました。
「これはお払いになるのでございますか。」
 相手が普通の夜店商人でないとみて、父も丁寧にこう訊《き》いたのです。すると、相手も丁寧に会釈《えしゃく》して、どうぞお求めくださいと言いましたので、父はふたたび会釈してその仮面を手に取って、うす暗い燈火《あかり》のひかりで透かしてみると、時代も相応に付いているものらしく、顔一面が黒く古びていましたが、彫りがなかなかよく出来ているので、骨董好きの父はふらふらと買う気になりました。
「失礼ながらおいくらでございますか。」
「いえ、いくらでもよろしゅうございます。」
 まことに士族の商人《あきんど》らしい挨拶です。そこへ付け込んで値切り倒すほどの悪い料簡もないのと、いくらか気の毒だと思う心もあるのとで、父はそれを三|歩《ぶ》に買おうと言いますと、相手は大層よろこんで、いや三歩には及ばない、二歩で結構
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