渋っていたが、僕があくまでも斬り込んで詮議するので、彼もとうとう包み切れないでその事情をくわしく教えてくれた。
 この春、赤座が僕に話した通り、彼は妻を迎えようとしても適当な女が見あたらない。妹も兄が妻帯するまでは他へ嫁入りするのを見あわせて、兄の世話をしているという決心であった。こうして、兄妹は仲よく暮らしていた。そのうちに、町の或る銀行に勤めている内田という男がやはりおなじ信者である関係から、伊佐子を自分の妻に貰いたいと申込んだが、赤座はその人物をあまり好まなかったとみえて体《てい》よく断った。内田はそれでも思い切れないで、さらに直接伊佐子に交渉したが、伊佐子も同じく断った。
 兄にも妹にも撥《は》ね付けられて、内田は失望した。その失望から彼は根もないことを捏造《ねつぞう》して、赤座兄妹を傷つけようと企《たく》らんだ。彼は土地の新聞社に知人があるのを幸いに、○○教の講師兄妹のあいだに不倫の関係があるということをまことしやかに報告した。妹が年頃になっても他へ縁付かないのはそのためであると言った。おなじ信徒の報告であるから新聞社の方でもうっかり信用して、その記事を麗々しく掲げたので、た
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