ちまち土地の大評判になった。
 信徒の多数はそれを信じなかったが、ともかくもこんな噂を伝えられるということは非常な迷惑であった。ひいては布教の上にも直接間接の影響をあたえるのは判り切っていた。支社の方では新聞社に交渉して、まずその記事の出所を確かめようとしたが、これは新聞の習いとして原稿の出所を明白に説明することを拒《こば》んだ。事実が相違しているならば、取消しは出すと言った。
 それから幾日かの後に、その新聞紙上に五、六行の取消し記事が掲載されたが、そんな形式的の事では赤座は満足できなかった。しかし彼は決して人を怨まなかった。彼はそれを自分の信ずる神の罰だと思った。自分の信仰が至らないために○○教の神から大いなる刑罰を下されたのであると信じていた。彼は堪えがたい恐懼《きょうく》と煩悶とにひと月あまりをかさねた末に、彼は更に最後の審判をうけるべく怖ろしい決心を固めた。
 彼はいつも神前に礼拝する時に着用する白い狩衣《かりぎぬ》のようなものを身につけて、それに石油をしたたかに注ぎかけておいて、社の広庭のまん中に突っ立って、自分で自分のからだにマッチの火をすり付けたのであった。聞いただけで
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