も宿屋の者も、僕の説明を聴いて不思議そうに首をかしげていた。たしかに不思議に相違ない。この奇怪な死人は蟇口に二円あまりの金を入れているだけで、ほかには何の手がかりとなるような物も持っていなかった。彼は身許不明の死亡者として町役場へ引渡された。
 これでこの事件はひとまず解決したのであるが、僕の胸に大きく横たわっている疑問は決して解決しなかった。僕はすぐに越後へ手紙を送って、赤座の安否を聞き合せると、兄からも妹からも何の返事もなかった。
 疑いはますます大きくなるばかりで、僕はなんだか落着いていられないので、とうとう思い切って彼の郷里までたずねて行こうと決心した。幸いにここからはさのみ遠いところではないので、僕は妙義の山を降って松井田から汽車に乗って、信州を越えて越後へはいった。○○教の支社をたずねて、赤座朔郎に逢いたいと申入れると、世話役のような男が出て来て、講師の赤座はもう死んだというのであった。いや、赤座ばかりでない、妹の伊佐子もこの世にはいないというのを聞かされて、僕は頭がぼうとする程に驚かされた。
 赤座の兄妹はどうして死んだか。その事情については、世話役らしい男もとかくに言い
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