れた。それでもまだこんな疑いがないでもなかった。登山者の服装などはどの人もたいてい似寄っているから、あるいはきのう僕が見た赤座とは全く別人であるかも知れない。その事実をたしかめるために、僕はなにかの手がかりを得ようとして、死体のかくしをあらためると、まず僕の手に触れたものは皺だらけの原稿紙であった。
 原稿紙――それは妙義神社の前で、赤座の指の傷をおさえるために、僕の袂から出してやった原稿紙ではないか。しかも初めの二、三行には僕のペンの痕がありありと残っているではないか。僕は更に死体の手先をあらためると、右の人差指と中指には、摺りむいたような傷のあとが残っている。原稿紙にも血のあとがにじんでいる。こういう証拠が揃っている以上は、ゆうべの男はたしかにこの死体に相違ない。それを赤座だと思ったのは僕のあやまりであろうか。しかし彼は僕をたずねて来たのである。うす暗がりではあったが、僕もたしかに彼を赤座と認めた。それがいつの間にか別人に変っている。どう考えてもその理屈がわからないので、僕はいよいよ夢のような心持で、手に握った原稿紙と死体の顔とをいつまでもぼんやりと見くらべていた。
 駐在所の巡査
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