で運んで来たのは、午前十一時にちかい頃であった。雨あがりの初冬の日はあかるく美しくかがやいて、杉の木立ちのなかでは小鳥のさえずる声がきこえた。
「あ。」
こう言ったままで、僕はしばらくその死体を見つめていた。男の死体は岩石で額を打たれて半面に血を浴びているのと、泥や木の葉がねばり着いているのとで、今まではその人相をよくも見とどけずに、その服装によって一途《いちず》にそれが赤座であると思い込んでいたのであったが、宿へ帰って入口の土間にその死体を横たえて、僕もはじめて落着いて、もう一度その顔をのぞいてみると、それは確かに赤座でない、かつて見たこともない別人であった。そんなはずはないといぶかりながら、あかるい日光のもとで横からも縦《たて》からも覗いたが、彼はどうしても赤座ではなかった。
「どういう訳だろう。」
僕は夢のような心持で、その死体をぼんやり眺めていた。勿論、きのうはもう薄暗い時刻であったが、僕をたずねて来た赤座の服装はたしかにこれであった。死体は洋服をきて、靴下に草鞋《わらじ》を穿いているばかりか、谷間で発見した中折帽子までも、僕がきのうの夕方に見たものと寸分違わないように思わ
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