いたしたいと存じておりましたところ、あたかもきょうは春の雪、怪談には雨の夜の方がふさわしいかとも存じましたが、雪の宵もまた興あることと考えまして、急に思いついてお呼び立て申したような次第でございます。わたくしばかりでなく、これにも聴き手が控えておりますから、どうか皆さまに、一席ずつ珍しいお話をねがいたいと存じますが、いかがでございましょうか。」
 主人が指さす床の間の正面には、かの竹細工の三本足のがま[#「がま」に傍点]が大きくうずくまっていて、その前には支那焼らしい酒壺が供えてある。欄間には青蛙堂と大きく書いた額が掛かっている。主人のほかに、この青蛙を聴き手として、われわれはこれから怪談を一席ずつ弁じなければならないことになったのである。雛祭りの夜に怪談会を催すも変っているが、その聴き手には三本足の金華将軍が控えているなどは、いよいよ奇抜である。主人の注文に対して、どの人も無言のうちに承諾の色目をみせたが、さて自分からまず進んでその皮切りを勤めようという者もない。たがいに顔をみあわせて譲り合っているような形であるので、主人の方から催促するように第一番に出る人を指名することになった。

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