むしろその教えのために自分の一生涯をささげようと決心しているらしくも思われた。○○教というのはどんな宗教か知らないが、ともかくも彼がその信仰によって生きることが出来れば幸いであると、僕もひそかによろこんでいた。
 彼が郷里へ帰ってから三年目に母は死んだ。その後も妹と二人暮らしで、支社につづいた社宅のような家に住んでいることを僕は知っていた。それからまた二年目の三月に、彼は妹を連れて上京した。勿論、それは突然なことではなく、来年の春は教社の用向きでぜひ上京する。妹もまだ一度も東京を知らないから、見物ながら一緒につれてゆくということは、前の年の末から前触れがあったので、僕は心待ちに待っていると、果して三月の末に赤座の兄妹《きょうだい》は越後から出て来た。汽車の着く時間はわかっていたので、僕は上野まで出迎えにゆくと、彼が昔とちっとも変っていないのにまずおどろかされた。
 ○○教の講師を幾年も勤めているというのであるから、定めて行者《ぎょうじゃ》かなんぞのように、長い髪でも垂れているのか、髯《ひげ》でもぼうぼうと生やしているのか、冠のような帽子でもかぶっているのか、白い袴でも穿いているのか。―
前へ 次へ
全256ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング