よく知らない。素人の彼が突然に郷里へ帰ってすぐに父の跡目を受嗣ぐことが出来るものかどうか、その辺の事情はくわしく判らなかったが、ともかくも彼が郷里へ帰ってから僕のところへよこした手紙によると、彼はとどこおりなく父のあとを襲って、○○教の講師というものになったらしい。
 もっとも、彼は僕とおなじく文科の出身で、そういう家の伜だけに、ふだんから宗教についても相当の研究を積んでいたらしいから、まず故障なしに父の跡目相続が出来たのであろう。しかし彼はその仕事をあまり好んでいないらしく、仲のいい友だち七、八人が催した送別会の席上でも、どうしても一旦は帰らなければならない面倒な事情を話して、しきりに不平や愚痴をならべていた。
「なに、二、三年のうちに何とか解決をつけて、また出て来るよ。雪のなかに一生うずめられて堪るものか。」
 こんなことを彼は言っていた。郷里へ帰った後もわれわれのところへ、手紙をしばしばよこして、いろいろの事情から容易に現在の職をなげうつことが出来ないなどと、ひどく悲観したようなことを書いて来た。
 赤座の実家には老母と妹がある。このふたりの女は無論に○○教の信仰者で、右ひだりか
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