って、このお方には奥さまがあるかとひそかに訊くと、御新造さまは遠いむかしに御離縁になったと答えた。いつの頃にどういうことで離縁になったのか、そこまでは平助も押して訊くわけにはいかなかった。
 旅先のことであるから、家来どもは主人のなきがらを火葬にして、遺骨を国許へ持ち帰ると言っていた。平助は近所の寺へまいって、かの座頭の墓にあき草の花をそなえて帰った。
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   兄妹《きょうだい》の魂《たましい》


     一

 第三の男は語る。

 これは僕自身が逢着《ほうちゃく》した一種奇怪の出来事であるから、そのつもりで聴いてくれたまえ。僕の友だちの赤座という男の話だ。
 赤座は名を朔郎といって、僕と同時に学校を出た男だ。卒業の後は東京で働くつもりであったが、卒業の半年ほど前に郷里の父が突然死んだので、彼はどうしても郷里へ帰って、実家の仕事を引嗣がなければならない事情ができて、学校を出るとすぐに郷里へ帰った。赤座の郷里は越後のある小さい町で、彼の父は○○教の講師というものを勤めていて、その支社にあつまって来る信徒たちに向ってその教義を講釈していたのであった。○○教の組織は僕も
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