い。まさかに桜田浪士の追悼会を催すわけでもあるまい。そんなことを考えているうちに、いい塩梅《あんばい》に雪も小降りになって来たらしいので、わたしは思い切って出かけることにした。
午後四時頃からそろそろと出る支度をはじめると、あいにくに雪はまたはげしく降り出して来た。その景色を見てわたしはまた躊躇したが、ええ構わずにゆけと度胸を据えて、とうとう真っ白な道を踏んで出た。小石川の竹早町で電車にわかれて、藤坂を降りる、切支丹坂をのぼる、この雪の日にはかなりに難儀な道中をつづけて、ともかくも青蛙堂まで無事にたどり着くと、もう七、八人の先客があつまっていた。
「それでも皆んな偉《えら》いよ。この天気にこの場所じゃあ、せいぜい五、六人だろうと思っていたところが、もう七、八人も来ている。まだ四、五人は来るらしい。どうも案外の盛会になったよ。」と、青蛙堂主人は、ひどく嬉しそうな顔をして私を迎えた。
二階へ案内されて、十畳と八畳をぶちぬきの座敷へ通されて、さて先客の人々を見わたすと、そのなかの三人ほどを除いては、みな私の見識らない人たちばかりであった。学者らしい人もある。実業家らしい人もある。切髪の上
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