そうもなかった。うっかりすると網を破られるおそれがあるので、彼は網を投げすててその魚をだこうとすると、魚は尾鰭を振って自分の敵を力強く跳ね飛ばしたので、平助は湿《ぬ》れている草にすべって倒れた。
その物音を聞きつけて座頭も表へ出て来たが、盲目の彼は暗いなかを恐れるはずはなかった。彼は魚の跳ねる音をたよりに探り寄ったかと思うと、難なくそれを取抑えてしまったので、盲人として余りに手際《てぎわ》がよいと、平助はすこし不思議に思いながら、ともかくも大きい魚を小屋の内へかかえ込むと、それは果して鱸であった。鱸の眼には右から左へかけて太い針が突き透されているのを見たときに、平助は何とはなしにぞっとした。魚は半死半生に弱っていた。
「針は魚の眼に刺さっていますか。」と、座頭は訊いた。
「刺さっているよ。」と、平助は答えた。
「刺さりましたか、確かに、眼玉のまん中に……。」
見えない眼をむき出すようにして、座頭はにやりと笑ったので、平助はまたぞっとした。
二
盲人は勘《かん》のよいものである。そのなかでもこの座頭は非常に勘のよいらしいことを平助もかねて承知していたが、今夜の手際《て
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