ぎわ》をみせられて彼はいよいよ舌をまいた。もとより盲人であるから、暗いも明るいも頓着はあるまいが、それにしてもこの暗い雨のなかで、勢いよく跳ねまわっている大きい魚をつかまえて、手探りながらにその眼のまっ只中を突き透したのは、世のつねの手練でない。彼が人の目を忍んで磨ぎすましているあの針が、これほどの働きをするかと思うと、幾たびかうなされた。
「とんだ者を引摺り込んでしまった。」
平助は今さら後悔したが、さりとて思い切って彼を追い出すほどの勇気もなかった。却ってその後は万事に気をつけて、その御機嫌を取るように努めているくらいであった。
座頭がこの渡し場にあらわれてから足かけ三年、平助の小屋に引取られてから足かけ二年、あわせて丸四年ほどの年月が過ぎたのちに、彼は春二月のはじめ頃から風邪《かぜ》のここちで患《わずら》い付いた。それは余寒の強い年で、日光や赤城から朝夕に吹きおろして来る風が、広い河原にただ一軒のこの小屋を吹き倒すかとも思われた。その寒いのもいとわずに、平助は古河の町まで薬を買いに行って、病んでいる座頭に飲ませてやった。
そんなからだでありながら、座頭は杖にすがって渡し場へ
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