らないようにみえたので、平助は素知らぬ顔をして再び眠ってしまったが、その夜半にかの盲人がそっと這い起きて来て、自分の寝ている上に乗りかかって、かの針のようなものを左の眼に突き透すとみて、夢が醒めた。そのうなされる声に座頭も眼をさまして、探りながらに介抱してくれた。平助はその夢についてなんにも語らなかったが、その以来なんとなくかの座頭が怖ろしくなって来た。
 彼はなんのために針のようなものを持っているのか、盲人の商売道具であるといえばそれまでであるが、あれほどに太い針を隠し持っているのは少しく不似合いのことである。あるいは偽盲《にせめくら》で実は盗賊のたぐいではないかなどと平助は疑った。いずれにしても彼を同宿させるのを平助は薄気味悪く思うようになったが、自分の方から勧めて引入れた以上、今更それを追出すわけにもいかないので、まずそのままにしておくと、ある秋の宵である。
 この日は昼から薄寒い雨がふりつづいて、渡しを越える人も少なかったが、暮れてはまったく人通りも絶えた。河原には水が増したらしく、そこらの石を打つ音が例よりも凄まじく響いた。小屋の前の川柳に降りそそぐ雨の音も寂しくきこえて、馴
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