方でも無理に聞き出そうともしなかった。しいてそれを詮議すれば、彼はきっとここを立去ってしまうであろうと察したからである。
それでも唯一度、なにかの夜話のついでに、平助は彼に訊《き》いたことがあった。
「お前さんはかたき討かえ。」
座頭はいつもの通りにさびしく笑って頭《かぶり》をふった。その問題もそれぎりで消えてしまった。
平助じいさんが彼を引取ったのは、盲人に対する同情から出発していたには相違なかったが、そのほかに幾分かの好奇心も忍んでいたので、彼は同宿者の行動に対してひそかに注意の眼をそそいでいたが、別に変ったこともないようであった。座頭は朝から夕まで渡し場へ出て、倦《う》まず怠らずに野村彦右衛門の名を呼びつづけていた。
平助は毎晩一合の寝酒で正体もなく寝入ってしまうので、夜半《よなか》のことはちっとも知らなかったが、ある夜ふけにふと眼をさますと、座頭は消えかかっている炉の火をたよりに、何か太い針のようなものを一心に磨《と》いでいるようであったが、人一倍に勘《かん》のいいらしい彼は、平助が身動きしたのを早くも覚って、たちまちにその針のようなものを押隠した。
その様子がただな
前へ
次へ
全256ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング