しみたと見えて、ほかの者とはほとんど口をきかない彼も、平助じいさんだけには幾分か打解けて暑さ寒さの挨拶をすることもあった。
往来のはげしい街道であるから、渡し船は幾艘も出る。しかし他の船頭どもは夕方から皆めいめいの家へ引揚げてしまって、この小屋に寝泊りをしているのは平助じいさんだけであるので、ある時彼は座頭に言った。
「お前さんはどこから来るのか知らないが、眼の不自由な身で毎日往ったり来たりするのは難儀だろう。いっそ、この小屋に泊ることにしたらどうだ。わたしのほかには誰もいないのだから遠慮することはない。」
座頭はしばらく考えた後に、それではここに泊らせてくれと言った。平助はひとり者であるから、たとい盲目でも話し相手の出来たのを喜んで、その晩から自分の小屋に泊らせて、出来るだけの面倒をみてやることにした。こうして、利根の川端《かわばた》の渡し小屋に、老いたる船頭と身許不明の盲人とが、雨のふる夜も風の吹く夜も一緒に寝起きするようになって、ふたりの間はいよいよ打解けたわけであるが、とかくに無口の座頭はあまり多くは語らなかった。勿論、自分の来歴や目的については、堅く口を閉じていた。平助の
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