いずれにしても、御新造はその本望通りコレラになってしまったのでございます。浅草の偉い行者というのはどんな人か、またどんなお祈りをするのか知りませんが、御新造はその行者に秘密のお祷りでも頼んで、自分の死ぬときには相手の女も一緒に連れて行くことが出来るという事を信じていたらしいのです。
 それで、あらかじめ黄いろい紙を二枚用意しておいて、いざというときには、一枚を柳橋のこうこういう家の門《かど》に貼ってくれと頼むことにしたのであろうと思われます。御新造に呪われたのか、それとも自然の暗合か、とにかくその芸妓も同日にコレラに罹ったのは事実で、やはりその夜なかに死んだそうでございます。
 お元というばあやは御新造の遺言《ゆいごん》で、その着物から持物全部を貰って国へ帰りました。このばあやは柳橋時代から御新造に仕えていた忠義者で、生れは相模《さがみ》の方だとか聞きました。お仲はお元からいくらかの形見《かたみ》を分けてもらって、またどこへか奉公に出たようでした。残っている地面と家作は御新造の弟にゆずられることになりましたが、この弟は本所辺で馬具屋をしている男で、評判の道楽者であったそうですから、
前へ 次へ
全256ページ中213ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング