までにもいろいろの療治をしたのですが、どうしても癒らないばかりか、年々に重ってゆくという始末なので、旦那様もふたたび元地の柳橋へ行って新しいお馴染をこしらえたような訳で、旦那様の方にもまあ無理のないところもあるのでございましょう。それでも月々のお手当はとどこおりなく呉れて、ちっとも不自由はさせていないのですから、御新造も旦那様を怨もうとはしなかったのですが、どう考えても相手の女が憎い、怨めしい。そのうちに一方の病気はだんだんに重って来る。御新造はいよいよ焦々《いらいら》して、いっそ死んでしまいたい、コレラにでもなってしまいたいと言い暮らしているうちに、いくらか神経も狂ったのかも知れません、ほんとうにコレラになる気になったらしく、お元ばあやの止めるのもきかないで、この際むやみに食べては悪いというものを遠慮なしに食べるようになったのでございます。
 むじなの子の首を鎌でむごたらしく斬ったなどというのも、やはり神経が狂っているせいでしたろうが、むじながその芸妓にでも見えたのか、それともむじなをその芸妓になぞらえて予譲《よじょう》の衣《きぬ》というような心持であったのか、そこまでは判りません。
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