です。
何を言うのかとも思ったのですが、警察の方から念のために柳橋へ聞合せると、果してその家にもコレラの新患者が出たというので、警察でもびっくりしたそうでございます。その新患者は柳橋の芸妓だということでした。
三
お仲は飯田の御新造が番衆町へ引っ越して来てからの奉公人で、むかしの事はなんにも知らないのでしたが、お元というばあやはその以前から長く奉公していた女で、いっさいの事情を承知していたのでございます。なにしろ病気が病気ですから誰も悔みに来る者もなく、お元とお仲との二人ぎりで寂しい葬式をすませたのですが、そのお通夜の晩にお元が初めて御新造の秘密をお仲に打明けたそうでございます。
御新造は世間の噂の通り、以前は柳橋の芸妓であったということで、ある立派な官員さんの御贔屓になって、とうとう引かされることになったのです。その官員さんという方は、その後だんだん偉くなって、明治の末年まで生きておいででして、そのお家《いえ》は今でも立派に栄えておりますから、そのお名前をあらわに申上げるのは遠慮いたさなければなりませんので、ここではただ立派な官員さんと申すだけのことに致しておきま
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