れ出て、忍びの者などが持つ龕燈《がんどう》提灯を二人の眼先へだしぬけに突きつけた。はっと驚いて立ちすくむと、相手はすぐに呼びかけた。
「与市か。主人の妻の手を引いて、どこへゆく。」
 それは主人の庄兵衛の声であった。庄兵衛はつづけて言った。
「おのれらが不義の証拠、たしかに見届けたぞ。覚悟しろ。」
「あれ、飛んでもないことを……。」と、妻はおどろいて叫んだ。
「ええ、若い下郎めと手に手を取って、闇夜をさまよいあるくのが何より証拠だ。」
 もう問答のいとまもない。庄兵衛の刀は闇にひらめいたかと思うと、片手なぐりに妻の肩先から斬り下げた。
 あっと叫んで逃げようとする与市も、おなじく背後《うしろ》から肩を斬られた。それでも彼は夢中で逃げ出すと、あたかも自分の家の前に出たので、やれ嬉しやと転げ込むと、母も兄もその血みどろの姿を見てびっくりした。与市は今夜の始末を簡単に話して、そのまま息が絶えてしまった。
 あくる朝になって、庄兵衛から表向きの届けが出た。妻は中間の与市と不義を働いて、与市の実家へ身を隠そうとするところを、途中で追いとめて二人ともに成敗いたしたというのである。妻の里方ではそれを
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