、庄兵衛は日の暮れるのを待ちかねるように出てゆく。妻と与市とは少しくおくれて出ると、途中で五月の日はすっかり暮れ切って、ゆく手の村は青葉の闇につつまれてしまったので、かれらは尾《つ》けてゆく人のすがたを見失った。
「どうしようか。」と、妻は立止まって思案した。
「ともかくも洲先まで行って御覧なされてはいかが。」と、与市は言った。
「そうしましょう。」
まったくそれよりほかに仕様がないので、妻は思い切ってまた歩き出したが、なにぶんにも暗いので、かれは当惑した。与市は男ではあり、土地の勝手もよく知っているので、さのみ困ることもなかったが、庄兵衛の妻は足許のあぶないのに頗《すこぶ》る困った。夫のあとを尾《つ》けるつもりで出て来たのであるから、もとより松明《たいまつ》や火縄の用意もない。妻はたまりかねて声をかけた。
「与市。手をひいてくれぬか。」
与市はすこし躊躇したらしかったが、主人の妻から重ねて声をかけられて、彼はもう辞退するわけにもゆかなくなった。かれは片手に主人の妻の手を取って、暗いなかを探るようにして歩き出した。そうして、まだ十間とは行かないうちに、路ばたの木のかげから何者か現わ
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