もないことであった。
神社は西岬村のはずれにあるので、庄兵衛はその途中、与市の実家へ久振りで立寄った。彼は娘盛りのお冬をみて、年毎にその美しくなりまさって行くのに驚かされた。その以来、彼は参詣の都度《つど》に与市の家をたずねるようになった。そのうちに江戸表から洩れて来る種々の情報によると、どうでも里見家に連坐《まきぞえ》の祟りなしでは済みそうもないというので、一家中の不安はいよいよ大きくなった。庄兵衛は洲先神社へ夜詣りを始めた。
彼の夜詣りは三月から始まって五月までつづいた。当番その他のよんどころない差支えでない限り、ひと晩でも参詣を怠らなかった。主家を案じるのは道理《もっとも》であるが、夜詣りをするようになってから、彼は決して供を連れて行かないということが妻の注意をひいた。まだそのほかにも何か思い当ることがあったと見えて、妻は与市を呼んでささやいた。
「庄兵衛殿がこの頃の様子、どうも腑に落ちないことがあるので、きょうはそっとそのあとを付けてみようと思います。おまえ案内してくれないか。」
与市は承知して主人の妻を案内することになった。近いといっても相当の路程《みちのり》があるので
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