歩行も自由でない一本足の少女などは、この場合おそらく逃げおくれて最初の生贄《いけにえ》となったであろう。夫婦が少女を救ったことは幸いに誰にも知られなかった。勿論、与市には堅く口止めをしておいた。

     二

 幸運の少女は与市の実家で親切に養われていた。庄兵衛の妻も時どきにそっと彼女《かれ》をたずねて、着物や小遣銭などを恵んでいた。なんとか名をつけなければいけないというので、少女をお冬と呼ばせることにした。そのうちに五年過ぎて、お冬もいつか十六の春を迎えた。
 あめ風にさらされ、砂ほこりにまみれて、往来の土の上に這いつくばっていた頃ですらも、庄兵衛夫婦の眼をひいた程の少女は、だんだん生長するに連れて、玉の光りがいよいよ輝くようになった。子どもの時から馴れているので、杖にすがれば近所をあるくには差支えもなかった。人間も利口で、且《かつ》は器用な質《たち》であるので、針仕事などは年にもまして巧者《こうしゃ》であった。
「これで足さえ揃っていれば申分はないのだが……。」と、与市の母や兄も一層かれの不幸をあわれんだ。
 不具にもよるが、一本足というのではまず嫁入りの口もむずかしい。殊
前へ 次へ
全256ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング