加えて、心から親切に優しくいたわっているらしいので、妻もいよいよ安心して帰った。
 それからふた月か三月ほど過ぎて、その年の暮れになると、更におどろくべき命令が領主の忠義から下された。さきに触れ渡して、乞食どもにはいっさい施すなと言い聞かせてあるのに、乞食どもはやはり城下や近在にうろうろと立ち迷っているのは、禁制《きんぜい》を破ってひそかに彼らに恵む者があるのか、あるいは彼らが盗み食いでもするのか、いずれにしても先度の触れ渡しの趣意が徹底しないのは、遺憾であるというので、さらに領内の宿無し又は乞食のたぐいに対して、三日以内に他領へ立退くべきことを命令した。その期限を過ぎてもなおそこらに徘徊しているものは、見つけ次第に打殺すというのである。
 この厳重な触れ渡しにおびやかされて、乞食どもはみな早々に逃げ散ったが、中にはその触れ渡しを知らないで居残っていた者や、あるいは逃げおくれて捕われた者や、それらは法のごとくに打殺されるのもあった。生き埋めにされるのもあった。こうして、里見の領内の乞食や宿無しのたぐいは一掃された。
「早くにあの娘を助けてよかった。」と、庄兵衛夫婦はひそかに語り合った。
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