と、庄兵衛にも異存はなかった。しかし自分も里見家につかえる身の上で、この際おもて向きに乞食を保護するなどは穏かでないと思ったので、彼はきょうの供に連れて来た中間の与市を呼んで相談した。
 与市は館山の城下から遠くない西岬《にしみさき》という村の者で、実家は農であるが、武家奉公を望んで二、三年前から庄兵衛の屋敷に勤めているのである。年は若いが正直|律義《りちぎ》の者で、実家には母も兄もある。庄兵衛はかの少女をひとまず与市の実家へあずけておきたいと思って、ひそかにその相談をすると、与市は素直に承知した。
「それではすぐに連れて行ってくれ。」
 主人の命令にそむかない与市は、一本足の乞食の少女を背負って、すぐに自分の実家へ運んで行った。まずこれで安心して庄兵衛夫婦もそのまま自分の屋敷へ帰ると、日の暮れるころに与市は戻って来て、かれを確かに母や兄に頼んでまいりましたと報告した。
 それから半月ほどの後に、庄兵衛の妻はその様子を見届けながらに西岬の家へたずねてゆくと、少女はつつがなく暮らしていた。与市の母や兄も律義者で、主人の指図を大事に心得ているばかりでなく、彼らは不具の少女に不便《ふびん》を
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