いるこの乞食をみても、素知らぬ顔をして通り過ぎるのが当然であったが、ここで彼ら夫婦が思わず足をとどめたのは、その少女がいかにも美しく可憐に見えたからであった。
 少女はまだ八つか九つぐらいで、袖のせまい上総《かずさ》木綿の単衣《ひとえもの》、それも縞目の判らないほどに垢付いているのを肌寒そうに着ていた。髪はもちろん振り散らしていた。そのおどろ髪のあいだから現われているかれの顔は、磨かない玉のようにみえた。
「まあ、可愛らしい。」と、庄兵衛の妻はひとりごとのように言った。
「むむ。」と、夫も溜息をついた。
 物を恵むとか恵まないとかいうのは二の次として、夫婦はこの可憐な少女を見捨てて行くのに忍びないような気がしたので、妻は立寄ってその歳《とし》や名をきくと、歳は九つで名は知らないと答えた。
「生れたところは。」
「知りません。」
「両親の名は。」
「知りません。」
 こういう身の上の少女が生国《しょうこく》を知らず、ふた親の名を知らず、わが名を知らないのは、さのみ珍しいことでもない。少女は妻の問いに対して、自分は赤児《あかご》のときに路傍に捨てられていたのを或る人に拾われたが、三つの年に
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