らでそんな小僧の姿を見た者はないから、多分ほかの土地の者であろうというのです。大方そんなことかも知れません。まさかに川や海の中から出て来たわけでもありますまい。
 増右衛門はその以来、決して蟹を食わないばかりか、掛軸でも屏風でも、床の間の置物でも、莨《たばこ》入れの金物でも、すべて蟹にちなんだようなものはいっさい取捨ててしまいました。それでも薄暗い時などには、二匹の蟹が庭先へ這い出して来たなどと騒ぎ立てることがあったそうです。海の蟹が縁の下などに長く棲んでいられるはずはありませんから、これは勿論、一種の幻覚でしょう。
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   一本足《いっぽんあし》の女《おんな》


     一

 第九の男は語る。

 わたしは千葉の者であるが、馬琴《ばきん》の八犬伝でおなじみの里見の家は、義実《よしざね》、義|成《なり》、義|通《みち》、実尭《さねたか》、義|豊《とよ》、義|尭《たか》、義|弘《ひろ》、義|頼《より》、義|康《やす》の九代を伝えて、十代目の忠義《ただよし》でほろびたのである。それは元和元年、すなわち大坂落城の年の夏で、かの大久保|相模守《さがみのかみ》の姻戚関係から
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