えて駈けて帰りました。
「文阿先生が……。」
「え、文阿先生が……。」
あとを聴かないで、増右衛門はそのまま気が遠くなってしまいました。今日《こんにち》でいえば脳貧血でしょう。蒼くなって卒倒したのですから、ここにまたひと騒動おこりました。すぐに医師をよんで手当をして、幸いに正気は付いたのですが、しばらくはそっと寝かしておけということで、奥の一と間へかつぎ入れて寝かせました。内と外とに騒動が出来《しゅったい》したのですから、実に大変です。
そこで、一方の文阿先生はどうしたかというと、大勢と一緒に鯖石川の岸へ行って、漁師たちが死体捜索に働いているのを見ているうちに、どうしたはずみか、自分の足もとの土がにわかに崩れ落ちて、あっという間もなしに文阿は水のなかへ転げ込んでしまったのです。
ここでもまたひと騒ぎ出来して、漁師たちはすぐにそれを引揚げようとしたのですが、もうその形が見えなくなりました。半兵衛のときはともかくも、今度はそこに大勢の漁師や船頭も働いていたのですが、文阿はどこに沈んだか、どこへ流されたか、どうしてもその形を見付けることが出来ないので、大勢も不思議がっているばかりでした
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