。その報告をきいて、与茂四郎は深い溜息をつきました。
「ああ、手前がもう少し早くまいればよかった。それでも御主人の出向かれなかったのが、せめてもの仕合せであった。」
そう言ったぎりで、与茂四郎は帰ってしまいました。主人の方はそれから一刻《いっとき》ほどして起きられるようになりましたが、文阿と半兵衛の姿はどうしても見付かりません。そのうちに秋の日も暮れて来たので、もう仕方がないとあきらめて、店の者も漁師たちも残念ながら一とまず引揚げることになりました。それらが帰って来たので、店先はごたごたしている。祖母も店へ出て大勢の話を聴いていますと、奥から俳諧師の野水が駈け出して来まして、誰か早く来てくれというのです。
野水という人はもう少し前に帰って来て、自分の留守のあいだにいろいろの事件が出来しているのに驚かされて、その見舞ながら奥へ行って主人の増右衛門と何か話していたのです。それがあわただしく駈け出して来たので、大勢はまたびっくりしてその子細を訊きますと、ただいま御主人と奥座敷で話しているうちに、何か庭先でがさがさという音がきこえたので、なに心なく覗いてみると、二匹の大きい蟹が縁の下から這
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