てはいられないので、蟹はもう一生たべませんと、与茂四郎の前で誓って帰ったのですが、どうも安心が出来ません。といって、どうすればよいということも判らないのですから、家内の者に向ってどういう注意を与えることも出来ない。それでも祖母だけには与茂四郎から注意されたことをささやいて、当分は万事に気をつけろと言い聞かせたそうです。
 一方の半兵衛と伊助は早朝に出て行ったままで、午頃《ひるごろ》になっても帰らないので、これもどうしたかと案じていると、九つ半――今の午後一時頃だそうでございます――頃になって、伊助ひとりが青くなって帰って来ました。半兵衛はどうしたと訊いても、容易に返事が出来ないのです。その顔色といい、その様子をみて、みんなはまたぎょっとしました。

     三

 ぼんやりしている伊助を取巻いて、大勢がだんだん詮議すると、出先でこういう事件が出来《しゅったい》していることが判りました。
 半兵衛はゆうべ家をかけ出して、ふだんから懇意にしている漁師の家をたずねたのですが、どこの家にも、蟹がない。いばら[#「いばら」に傍点]蟹や高足蟹があっても、かざみ[#「かざみ」に傍点]がない。それか
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