であるから、あるいはほかの土地から来た者ではないかというのです。こんな事があろうとは思いもよらず、暗い時ではあり、こっちも無暗に急いでいたので、実はその小僧の人相や風体を確かに見届けてはいないのですから、こうなると探し出すのが余ほどの難儀です。
 その難儀を覚悟で、ふたりは早々に出てゆくと、そのあとで主人の増右衛門は陣屋へ行って、坂部与五郎という人の屋敷をたずねました。兄さんの与茂四郎に逢って、ゆうべはお蔭さまで命拾いをしたという礼をあつく述べますと、与茂四郎は更にこう言ったそうです。
「まずまず御無事で重畳《ちょうじょう》でござった。但し手前の見るところでは、まだまだほんとうに禍《わざわ》いが去ったとは存じられぬ。近いうちには、御家内に何かの禍いがないとも限らぬ。せいぜい御用心が大切でござるぞ。」
 増右衛門はまたぎょっとしました。なんとかしてその禍いを攘《はら》う法はあるまいかと相談しましたが、与茂四郎は別にその方法を教えてくれなかったそうです。ただこの後は決して蟹を食うなと戒めただけでした。
 大好きの蟹を封じられて、増右衛門もすこし困ったのですが、この場合、とてもそんな事をいっ
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