来て、主人の前に持出した蟹を食わせてみると、たちまちに苦しんで死んでしまったので、みなもぞっとしました。それから近所の犬を連れて来て、試しにほかの蟹を食わせてみると、これはみな別条がない。こうなると、もう疑うまでもありません。あとから買った一匹の蟹に毒があって、それを食おうとした主人の顔に死相があらわれたのです。
 与茂四郎という人のおかげで、主人は危ういところを助かって、こんな目出たいことはないのですが、なにしろこういうことがあったので、一座もなんとなく白けてしまって、酒も興も醒めたという形、折角の御馳走もさんざんになって、どの人もそこそこに座を起《た》って帰りました。
 お客に対して気の毒は勿論ですが、怪しい蟹を食わされて、あぶなく命を取られようとした主人のおどろきと怒りは一と通りでありません。台所の者一同はすぐに呼びつけられて、きびしい詮議をうけることになりましたが、前に言ったようなわけですから、誰も彼もただ不思議に思うばかりです。ともかくも半兵衛は当の責任者ですから、あしたは早朝からその怪しい小僧を探しあるいて、一体その蟹をどこから捕って来たかということを詮議するはずで、その晩
前へ 次へ
全256ページ中162ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング