、増右衛門も思わず箸をやめて、声をかけた人の方をみかえると、与茂四郎はひたいに皺をよせてまず主人の顔をじっと見つめました。それから片手に燭台をとって、一座の人たちの顔を順々に照らしてみた後に、ふところから小さい鏡をとり出して自分の顔をも照らして見ました。そうして、しばらく溜息をついて考えていましたが、やがてこんなことを言い出しました。
「はて、不思議なことがござる。この座にある人々のうちで、その顔に死相のあらわれている人がある。」
 一座の人たちは蒼《あお》くなりました。人相見や占いが上手であるというこの人の口から、まじめにこう言い出されたのですから驚かずにはいられません。どの人もただ黙って与茂四郎の暗い顔を眺めているばかりでした。お給仕に出ていた祖母も身体じゅうが氷のようになったそうです。
 すると、与茂四郎は急に気がついたように、祖母の方へ向き直りました。この人は今まで主人と客との顔だけを見まわして、この席でたった一人の若い女の顔を見落していたのです。それに気がついて、さらに燭台を祖母の顔の方へ差向けられたときには、祖母はまったく死んだような心持であったそうです。それでも祖母には別
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