ゆ》ではじめました。
二
お酒が出る、お料理がだんだんに出る。主人も客もうちくつろいで、いい心持そうに飲んでいるうちに、かの蟹が大きい皿の上に盛られて、めいめいの前に運び出されました。
「さっきも申上げた通り、今夜の御馳走はこれだけです。どうぞ召上がってください。」
こう言って、増右衛門は一座の人たちにすすめました。わたくしの郷里の方で普通に取れます蟹は、俗にいばら[#「いばら」に傍点]蟹といいまして、甲の形がやや三角形になっていて、その甲や足に茨《いばら》のような棘《とげ》がたくさん生えているのでございますが、今晩のは俗にかざみ[#「かざみ」に傍点]といいまして、甲の形がやや菱形になっていて、その色は赤黒い上に白い斑《ふ》のようなものがあります。海の蟹ではこれが一等うまいのだと申しますが、わたくしは一向存じません。
なにしろ今夜はこの蟹を御馳走するのが主人側の自慢なのですから、増右衛門は人にもすすめ自分も箸を着けようとしますと、上座に控えていましたかの坂部与茂四郎という人が急に声をかけました。
「御主人、しばらく。」
その声がいかにも子細ありげにきこえましたので
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