所へまた引っ返して来ると、台所の者はいよいよ心配して、かの半兵衛が帰って来るのを今か今かと首をのばして待っているうちに、時刻はだんだん過ぎてゆく。奥では焦《じ》れて催促する。
 誰も彼も気が気でなく、ただうろうろしているところへ、半兵衛が息を切って帰ってきました。それ帰ったというので、みんながあわてて駈け出してみると、半兵衛はひとりの見馴れない小僧を連れていました。小僧は十五六で、膝っきりの短い汚れた筒袖を着て、古い魚籠《さかなかご》をかかえていました。それをみて皆まずほっとしたそうです。
 その魚籠のなかには、三匹の蟹が入れてあったので、こっちに準備してある七匹の蟹と引合せて、それに似寄りの大きさのを一匹買おうとしたところが、その小僧は遠いところからわざわざ連れて来られたのだから、三匹をみんな買ってくれというのです。
 何分こっちも急いでいる場合、かれこれと押問答をしてもいられないので、その言う通りにみな買ってやることにして、値段もその言う通りに渡してやると、小僧は空《から》の籠をかかえてどこかへ立去ってしまいました。
「まずこれでいい。」
 みなも急に元気が出て、すぐにその蟹を茹《
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