のような星が一面に光って、そこらにはこおろぎ[#「こおろぎ」に傍点]の声がみだれて聞えた。今夜はもう霜がおりたのかと思われるほどに、重い夜露が暗いなかに薄白く見えた。
「寒い、寒い。もう一度、高粱を焚こう。」
S君を見送ると僕たちは早々に内へはいった。
あくる朝ここを出るときに、かの老人は再び湯と茶と砂糖とを持って来てくれた。彼は愛想よく我れわれに挨拶していたが、気のせいかその顔には暗い影が宿っていた。ゆうべの薬をのませたら、病人もけさは非常に気分がいいと言って、彼は繰返して礼をいっていた。
前方の銃声がけさは取分けて烈しくきこえるので、僕たちもそれにうながされるように急いで身支度をした。S君のゆうべの話を再び考えるひまもなしに、僕たちは所属師団司令部の所在地へ駈けて行った。老人は門前まで送って来て、あわただしく出て行く我れわれに対して、いちいち会釈《えしゃく》していた。
我れわれが遼陽の城外にゆき着いたのは、それから三日の後である。その後、僕は徐の家を訪問する機会がなかったが、かの老人はどうしたか、病める娘はどうしたか。妖ある家は遂にほろびたか、あるいは依然として栄えているか
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