しらえて出すと、S君は、「やあ、御馳走さまです。」と喜んで飲んだ。実際、砂糖を入れた一杯の茶でも、戦地ではたいへんな御馳走である。S君はその茶をすすり終えて例のまじめな口調で「家有妖」の由来を説きはじめた。
夜になっても戦闘は継続しているらしい。天をつんざくような砲弾の音と、豆を煎るような小銃弾のひびきが、前方には遠く近くきこえている。それをよそにして、S君はこの暗い家のなかで妖を説くのである。我れわれ四人も彼を取巻いて、高粱の火の前でその怪談に耳をかたむけた。
三
「ここの家の姓は徐といいます。今から五代前、というと大変に遠い昔話のようですが、四十年ほど前のことだといいますから、日本では元治か慶応の初年、支那では同治三年か四年頃にあたるでしょう。丁度かの長髪賊の洪秀全《こうしゅうぜん》がほろびた頃ですね。」
S君はさすがに支那の歴史をそらんじていて、まずその年代を明らかにした。
「ここの家《うち》も現在は農ですが、その当時は瓦屋であったそうです。自分の家に竈《かまど》を設けて瓦を焼くのです。あまり大きな家ではない。主人と伜ふたりで焼いていた。それへ冬の日の夕方、なん
前へ
次へ
全256ページ中144ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング