、S君はまじめな顔に微笑を漂わせながら言った。
「若い支那人が……。」と、僕はすぐに思い出した。「では、家に妖ありと言うのじゃありませんか。」
「そうです。」と、S君はうなずいた。「支那人はしきりに止めたそうですが……。」
「止めたには止めたが、家に妖ありだけでは訳が判らないので、僕たちも取合わなかったのですが、その妖というのはどんな訳なのですかね。」と、僕は訊いた。
「では、その子細は御承知ないのですね。」
「彼はしきりにしゃべるのですが、僕たちは支那語が不十分の上に、相手は満洲なまりが強いと来ているので、なにを言っているのか一向わからないのです。要するに、ここの家には何か怪しいことがあるから泊るなと言うらしいのですが……。」
「そうです、そうです。」と、S君がまたうなずいた。「実はわたしも家に妖ありだけでは、なんのことだかよく判らなかったのです。それに、あなたの言う通り、あの若い支那人は訛りが強くて、わたしにもはっきりとは聴き取れなかったのですが、幸いにその祖父だという老人がいて、それがよく話してくれたので、その妖の子細が初めて判ったのです。」
 如才《じょさい》のないT君が茶をこ
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