、門の外で何か笑う声がきこえて、ここへはいって来る足音がひびいたので、誰が来たのかと表をのぞいて見ると、ひとりの男が戸の外に立っていた。
「従軍記者諸君はおいでですか。」
「はあ。」と、僕は答えた。「わたしです。」
それが通訳のS君であることを知って、僕たちは愛想よく迎えた。
「Sさんですか。どうぞおはいりください。」
S君は会釈《えしゃく》して竈の前に来た。S君は軍隊付の支那通訳であるが、ふだんから非常にまじめな人で、且は親切にいろいろの通信材料を我れわれに提供してくれるので、我れわれ従軍記者のあいだにも尊敬されていた。今夜は何かの徴発のためにこの村へ来たところが、ある支那人から妙な話をきいたので、ここには一体誰が泊っているのかと見届けに来たというのである。
「ある家の若い支那人が、今夜この村の徐という家に泊った日本人がある。わたしが注意したけれども、肯《き》かないではいってしまったと言うのです。それはどんな人たちだと訊くと、新聞とかいた白い布《きれ》を腕にまいていたと言う。それでは従軍記者諸君に違いないが、いったい誰々だろうかと思って、ちょっとその顔ぶれを見に来たのですよ。」と
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