姿をあらわして、主人の娘を今ここへ連れて来るから何分よろしくおねがい申すと言った。それを聴いて、僕たちは待ちかねたように起《た》ちあがって、老人のあとに付いて門口《かどぐち》に出ると、外はもう暗くなって、大きい柳の葉のゆるくなびいている影が星あかりの下に薄白く見えるばかりであった。そこらではこおろぎ[#「こおろぎ」に傍点]のむせぶ声もきこえた。
やがて奥の木立ちの間に一つの燈籠の灯《ひ》がぼんやりと浮き出した。それはここらでしばしば見る画燈《がとう》である。僕はにわかに剪燈新話《せんとうしんわ》の牡丹燈記を思い出した。あわせて円朝の牡丹燈籠を思い出した。そうして、その灯をたずさえて来るのが美しい幽霊のような女であることを想像して、一種の幽怪凄絶の気分に誘い出された。灯がだんだんに近寄って来ると、それに照らし出された影はひとつではなかった。問題の娘らしい若い女は老女に扶《たす》けられて、そのそばにはまたひとりの若い女が画燈をさげて附添っていたが、いずれも繍《ぬい》の靴をはいているとみえて、もう夜露のおりているらしい土の上を音もなしに歩いて来た。
老女はむすめの母でない。画燈をさげた若
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