や意外の事実におどろかされた、今まで都の官女とのみ一|途《ず》に信じていた梅と桜とは、まがうかたなき男であった。彼らはおそらく平家の名ある人々の公達《きんだち》で、みやこ育ちの優美な人柄であるのを幸いに、官女のすがたを仮りて落ちのびて来たものであろう。山家《やまが》育ちの田舎侍などの眼に、それがまことの女らしく見えたのは当然であるとしても、七郎左衛門までが欺かれるはずはない。彼は二人の正体を知りながら、梅と桜とを我がものにして、秘密の快楽にふけっていたのであろう。その罪はまた、かのふたりの手に因《よ》って報いられた。
梅と桜とが身を沈めたのは、かの清水の井戸であった。二つの鏡はおそらくこの二人の胸に抱かれていたのを、引揚げる時にあやまって沈めてしまったのか、あるいは家来らが取って投げ込んだものであろう。主人の七郎左衛門をうしなったのち、越智の家は親戚の子によって相続された。そうして、前にもいう通り南北朝時代に至って滅亡した。それから幾十年のあいだは草ぶかい野原になっていた跡へ、由井の家の先祖が来たり住んだのである。後住者が木を伐り、草を刈って、新しい住み家を作るときに、測らずもここに
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