ここらでは有力の武士で、それと縁を組むことは越智の家に取っても都合がよかった。ことに滝沢の娘というのはことし十七の美人であるので、七郎左衛門のこころは動いた。実際はたといどういう関係であろうとも、梅殿と桜殿とは所詮《しょせん》、日かげの身の上であるから、表向きにはなんと言うことも出来なかった。縁談は故障なく運んで、いよいよ今夜は嫁御の輿入《こしい》れというめでたい日の朝である。越智の屋敷の家来らは思いもよらない椿事《ちんじ》におどろかされた。
主人の七郎左衛門はその寝床で刺し殺されていたのである。彼は刃物で左右の胸を突き透されて仰向けになって死んでいた。ひとつ部屋に寝ているはずの梅殿も桜殿もその姿をみせなかった。屋敷じゅうではおどろき騒いで、そこらを隈なく詮索すると、ふたりの女の亡骸《なきがら》は庭の井戸から発見された。前後の事情からかんがえると、今度の縁談に対する怨みと妬みとで、梅と桜とが主人を殺して、かれら自身も一緒に入水《じゅすい》して果てたものと認めるのほかはなかった。勿論、それが疑いもない事実であるらしかった。
しかもその二つの亡骸を井戸から引揚げたときに、家来らはまたも
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