らないが、源平時代に越智の家は最も繁昌していたらしい。その越智の屋敷へ或る年の春の夕ぐれに、二人連れの若い美しい女がたずねて来た。主人の七郎左衛門に逢って、どういう話をしたか知らないが、その女たちはその夜からここに足をとどめて、屋敷内の人になってしまった。主人は一家の者に堅く口止めをして、かの女たちを秘密に養っておいたのである。女たちも人目を避けて、めったに外へ出なかった。
 その人柄や風俗から察すると、かれらは都の人々で、おそらく平家の官女が壇の浦から落ちて来て、ここに隠れ家を求めたのであろうと、屋敷内の者はひそかに鑑定していた。主人の七郎左衛門はその当時二十二三歳で、まだ独身であった。そのふところへ都生れの若い女が迷い込んで来たのであるから、その成行きも想像するに難くない。やがてその二人の女は主人と寝食をともにするようになって、三年あまりをむつまじく暮らしていた。どっちが妻だかわからないが、家来らはその一人を梅殿といい、他のひとりを桜殿と呼んで尊敬していた。
 そうしているうちに、ここに一つの事件が起った。それは近郷の滝沢という武士から七郎左衛門に結婚を申込んで来たのである。滝沢も
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