金銭に不自由はないのと、由井の家の名は遠方までもきこえているのとで、こういう場合には何かの都合もよかったのであるが、それでもこの詮索ばかりは思うようにいかないで、あくる年の四、五月ごろまでむなしく月日を過してしまった。姉妹の娘もその後は夢から醒めたようで、なんとも知れない怪しい病気もだんだんに消え去って、もとの健康な人間に立ちかえった。
 娘が元のからだに返って、その後なんの変事もない以上、もうそのままに打捨てておいてもよいのであるが、吉左衛門はまだ気がすまなかった。彼は金と時間とを惜しまずに幾年かかっても構わないから、どうしてもその鏡の由緒を探りきわめようと決心して、熊本はもちろん、佐賀、小倉、長崎、博多からいろいろの学者を招きよせて、自分の屋敷内に一種の研究所のようなものを作って、熱心にその研究をつづけていると、その年の暮れ、その鏡が世にあらわれてから丁度一年目に、いっさいの秘密がはじめて明白になった。
 その発見の手つづきはまずこうであった。由井の家に集まった人々が協議の上で、鏡の由来その他の詮索よりも、まずその井戸がいつの時代に掘られたのか、また由井の先祖がここに移住する前には
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