と考えて、ある晩、姉がいつものように出てゆくところを呼びとめて、一体なんのためにそんなことをするのかと聞きただすと、おそよは心願があるのだと言った。それがどうも疑わしいので、おつぎは更に根掘り葉ほり詮議すると、おそよもとうとう包み切れなくなって、初めてその秘密を妹に打明けた。
 今から一と月ほど前の午《ひる》ごろに、おそよがかの古井戸のほとりを通ると、二匹の大きい美しい蝶がもつれ合って飛んでいて、やがてその二つの蝶は重なり合ったままで井戸のなかへ落ちて行った。おそよはそのゆくえを見定めようとして井戸のそばへ寄って見おろすと、蝶の姿はもう見えなかった。水に落ちてしまったのかと、じっと底の方を覗いていると、水のうえに二つの美しい男の顔が映った。おどろいて左右を見返ったが、あたりには誰もいない。ふたつの蝶が二つの男の顔に変ったわけでもあるまい。不思議に思っていつまでも覗いていると、その男の顔はこっちを見あげてにっこりと笑ったので、おそよはぞっとして飛びのいた。
 しかし薄気味の悪かったのは単にその一刹那だけで、おそよは再びその美しい男の顔が見たくなった。かれは左右を窺いながら、抜足をして井戸
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