うちから覚悟して、ほかの商売をはじめる元手でも稼ぎためるか、廉い田地でも買うことにするか、なんとかして老後の生計《たつき》を考えておかなければなるまいと思って、それを夫に相談すると、蛇吉はうなずいた。
「おれはどうでもいいが、お前が困るようなことがあってはならない。そのつもりで今のうちに精々かせいでおくかな。」
彼はまた、こんなことを話した。
「村の人はみんな知っていることだが、家《うち》のおふくろが死ぬ少し前に、おれは怖しいうわばみに出逢って、あぶなくこっちが負けそうになった。相手が三本目の筋まで平気で乗り越して来た時には、おれももう途方にくれてしまったが、その時、ふっと思い出したのは、死んだ親父の遺言だ。おやじが大病で所詮むずかしいというときに、おれの亡い後、もし一生に一度の大難に出逢ったらば、おれの名を呼んでこういう呪文《じゅもん》を唱えろ。おれがきっと救ってやるよ。しかし二度はならない。一生に一度ぎりだぞと、くれぐれも念を押して言い残されたことがある。おれはそれを思い出したので、半分は夢中で股引をぬいで、おやじの名を呼んで呪文を唱えながら、それをまっ二つに引裂くと、不思議に相
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